帝は大嶽丸を討った俊宗に様々な褒美を与え、盛大にお祝いしました。
しかし、俊宗は鈴鹿御前のことが気がかりで喜ぶ余裕もありません。祝宴もそこそこに、急いで鈴鹿山の屋敷に向かいました。
屋敷に到着して門をくぐったところ、人の泣く声が聞こえてきました。俊宗はもう気が気ではありません。
急いで部屋へ入ってみると、ある女房が言いました。
「御前様はお亡くなりになられました。」
それを聞いた俊宗は、姫君の枕元に近寄って嘆き悲しみました。
それから、鈴鹿御前の亡骸がある部屋に入りました。俊宗は鈴鹿御前の亡骸を見て、ますます現実とは思えないことにひどく気が動転しました。
俊宗は鈴鹿御前の手を取り胸に押し当てて言いました。
「今一度、何か言ってくだされ。どうして約束をお違えになるのだ。私が来るのを待つと言っていたではないか。」
するとしばらくして、いかにも苦しげな息をついたかと思うと鈴鹿御前は言いました。
「この私があなたに嘘をついたことがあったでしょうか。それにしても、叶わぬこととはいえ、せめて小りんが十五になるまでは生きたかったものです。
私の形見に大通連と小通連をあなたに差し上げましょう。そして、顕明連は少りんにお与えになってください。私が持つ飛行自在の力はこの顕明連によるものなのです。顕明連を朝日に当てれば三千大千世界を思うがままに移動できます。
小りんのことをくれぐれもお願いします。大切に育ててください。彼女もまた私に劣らぬ神通の者として、後世に名を残すでしょう。それでは、お別れです。」
そうして鈴鹿御前はこの世を去り、その亡骸は変り果てました。
俊宗はただただ嘆き伏せっていました。鈴鹿御前を思う気持ちがあまりにも強すぎたのでしょう。鈴鹿御前が亡くなって七日目に、とうとう俊宗も亡くなってしまいました。残された小りんは何が何だか分からない様子でいらっしゃいました。
さて、冥土にやってきた俊宗は何とか鈴鹿御前を生き返らせることができないかと考えました。そして、倶生神を呼んで言いました。
「伊勢の国の鈴鹿山というところにいた女性はその定業によって二十五という歳で亡くなりました。彼女は上界の天人です。
私達は下界にて縁深く結ばれておりましたが、定業によって彼女は帰らぬ人となってしまいました。そして、鈴鹿御前を思う気持ちに私も死んでしまったのです。
胸に秘めたる鈴鹿御前への思いは、炎となって帝釈堂をも焼いてしまいそうです。どうか鈴鹿御前に会わせてください。」
帝釈堂を焼かれては困ると、倶生神は帝釈天を呼びました。帝釈天は鈴鹿御前を連れて俊宗の前にやってきて言いました。
「鈴鹿御前は定業によって亡くなったのだから冥土にいるのは当然だが、田村は非業の死でここにいる身だ。地上へ帰せ。」
二人は獄卒によって引き離されてしまいました。俊宗は手を合わせて訴えます。
「私一人が地上へ帰ってもどうしようもありません。どうか鈴鹿御前も一緒に地上へお戻しください。」
しかし、帝釈天は早く帰れの一点張りです。俊宗はとうとう腹を立てて、大通連を片手に閻魔王に向かって言いました。
「地上で聞いた話では、閻魔王は大変恐ろしいお方であるそうですが、今となっては宿世の敵としか思えません。姿をお見せください、閻魔王。力比べをしようではありませんか。」
獄卒は俊宗を押さえこもうとしますが、大通連は文殊菩薩の力を宿しているので手出しができません。俊宗が大暴れするので、獄卒は押し倒されるわ、帝釈堂には火がつくわで、冥土は大騒ぎです。
これには閻魔王も大いに慌てました。
「帝釈堂が焼け滅んでしまっては冥土の威信にかかわる。仕方がない、三年の猶予を与えるから田村も鈴鹿御前も急いで地上へ帰してやれ。」
閻魔王はそう指示しましたが、倶生神は言いました。
「田村は非業の死ですから、まだ地上に身体もありますが、鈴鹿御前は定業の死であります。この天女は冥土にやってきて時間が経っています。帰そうにも身体がありませんが、いかがいたしましょう。」
閻魔王は言いました。
「さっさと帰すのだ。この女はただの人間ではなく、上界の天人なのだからどうにでもなる。身体がないのであれば、同じ年に生まれた女が近江の国の集落にいるから其奴と入れ替えよ。」
そうして、鈴鹿御前の魂を近江の女に移して俊宗の前に連れてきました。ところが、その女はもとの鈴鹿御前とは似ても似つかぬ姿です。
俊宗は帝釈天に向かって言いました。
「これではあんまりです。元の姿に戻してください。」
そこで、帝釈天は第三冥官を使いに出して薬師如来の妙薬を取りに行かせました。この薬を鈴鹿御前に使ったところ、たちどころに元の美しい姿へと変化しました。
さて、閻魔王は鈴鹿御前に三年の猶予を与えましたが、冥土の三年は地上の六十年にあたります。
俊宗と鈴鹿御前は地上に帰り、鈴鹿の御所に立ち寄りました。そして、小りんを連れて皆で都へ行き、五条のあたりに屋敷を設けて一緒に暮らしました。小りんは、立派に成長して長いこと鈴鹿の主として崇められたそうです。
衆生済度の手立てとして、鈴鹿を信じる者はきまって心願成就すると言います。もし、鈴鹿御前がいなければ日本は今ごろ鬼の世界となっていたでしょう。このことをよくよく肝に銘じて、鈴鹿へお参りするのが賢明というものです。
かしこ
コメント