鈴鹿御前の物語~夫の裏切り~

文学

さて、年月が過ぎ少りんが三歳になった年の八月七日のことです。俊宗は人里離れた鈴鹿山の屋敷にて、ふと物思いにふけっていました。

(都から離れてもう何年経ったのだろう。せめて風の便りでもあればいいが、ここには誰もやってこないから都の様子はさっぱり分からない。ああ、都が恋しいなあ。それに、思えば帝のご命令で盗賊退治にやってきたというのに、こんなところで私は一体何をしているのだろう。)

そんなことを考えていたとき、近くで雁の鳴く声がしました。

(そうだ、雁を使って都に文を届けて私の無事を知らせよう。いつまでもこのようなところにいるわけにはいかない。鈴鹿御前には申し訳ないが、私には将軍としての務めがあるのだから。)

数年の時を共にした鈴鹿御前への後ろめたさがあるのでしょう。俊宗は彼女に見られないようこっそり文を書き、霧が立ち込めている間に雁の足に文を括り付け放ちました。

鈴鹿山の立烏帽子を退治せよとのご命令を承って三年の間、鈴鹿山に籠って立烏帽子を探し続けておりました。しかしながら、鈴鹿御前と名乗るその女性に出会い、次第に親密な関係となっていき、あまつさえ子までもうけてしまいました。今となっては鈴鹿御前を討ちたいとは思いませんが、帝のご命令にどうして背くことができましょう。 鈴鹿御前を騙して来年の八月十五日に都へと連れ出しますので、軍勢を用意してお討ち取り下さい。

雁に付けた文はといいますと、俊宗の思いが通じたのでしょうか。帝がいらっしゃる内裏の門のそばに落ちたのを大臣が見つけて帝に献上しました。帝は俊宗が生きていたことをたいそうお喜びになりました。

田村が生きていたとはとてもめでたいことよ。得体の知れぬ者と親密になるばかりか、子までもうけるとは、全く思いがけないことがあるものだなあ。兵を用意して帰りを待とうではないか。

こうして都では一万もの軍勢が着々と揃えられ、俊宗達がやってくるのを待ち構えるのでした。

さて、一方の鈴鹿山です。あっという間に月日は流れ、約束の八月十五日が近づいてきました。

ここでの暮らしも悪くはないのですが、私には将軍としての務めがあるのです。いつまでもこのような山深いところに住んでいるわけにはいきません。私がこの山に来てもう八年となります。今となっては帝も貴女を敵だとお思いではないでしょう。せっかくの機会ですから私と共に都へ赴いて参拝しようではありませんか。

こう言って俊宗は鈴鹿御前を都へ連れ出そうとしました。

しかし、これを聞いた鈴鹿御前は返事もなくただ涙を流すばかりです。

出会いは別れの始まりとはよく言ったものです。私が都へ行って命を落としたとしても、惜しいとは思いません。ありがたいことに世間では『親子は一世の縁、夫婦は二世の縁』と言いますからまた来世で一緒になれるでしょう。それにしてもこの五年間の関係は決して浅いものではなく、むしろ比翼の鳥・連理の枝(※)と言うのに相応しい関係だと思っていましたのに。あなたはなんと薄情な人なのでしょう。

※比翼の鳥・・・中国の想像上の鳥。雌雄それぞれ一目一翼で、一体となって飛ぶという。男女間の契りの深いことにたとえていう。
※連理・・・二本の木の枝が連なって木目が通じ合い、一本の木のようになっていること。男女・夫婦の契りの深いことのたとえ。
(全訳古語辞典. 第四版, 旺文社, 2011.)

あなたは天下の大将軍としての定めをもって生まれた身ですが、私は上界の天女なのです。まさかあなたの目には未だにこの私がただの盗賊に映っているのですか。

『天子に戯言なし』『綸言汗の如し』。一度口にしたことはもう取り消せないというのに。

本当に薄情ですよ、あなたという人は。過ぎし八月、あなたが隠れてこそこそと文を書いて雁に括り付けて放ったのを私が知らなかったとでもお思いですか。

その文がどうなったか教えて差し上げましょう。 ここにいても私には遠く離れた都の様子も事細かに見えていますから。 あなたの願った通り、文は内裏に届けられて帝はそれをお読みになりましたよ。 そして、改めて私を討てとの命令を出し、都では私を討とうと兵が騒いでいる様子。

本当に取り返しのつかない困ったことになりました。私が都へ行かなければあなたは帝に嘘をついたことになります。策略と知りながら都へ赴くのもおかしな話ですが、全くどうしてあなたに嘘をつかせることができるでしょう。一人娘の少りんがいるのですから、父親であるあなたがご無事でいなくてはなりませんのに。

たとえこの策略で私の命を奪おうと考えていたとしても、もうそのことは水に流して差し上げましょう。私は神通力の持ち主ですから、結局のところ討たれるのも討たれないのも意のままです。どうにかその場をおさめてみせましょう。それにもし田村殿が名をあげたいと望むのであれば私自身はどうにでもなる覚悟もできていますから。都へ参りましょう。

これを聞いた俊宗は、鈴鹿御前のあまりにも立派な態度を前に、自分がしたことを大変恥ずかしく思いました。

八月十五日になり、二人は神通の牛車に乗って都に向かいました。内裏の西の門に着いて、あたりを見回してみれば、数万もの軍勢が隙間なく待ち構え、騒がしくしているのが見えます。

たちまち戦いが始まるかと思いきや、二人は紫宸殿に通され帝に謁見することとなりました。俊宗が惹かれた女性は一体どのような人物であるのか、帝は興味をお持ちだったのでしょう。

さて、鈴鹿御前と対面した帝は、俊宗がこの女性に惹かれるのも道理であるとお思いになられました。

鈴鹿御前は帝に向かって申し上げました。

一体どういうおつもりで、この私を帝の敵とみなしなさったのですか。帝は天皇でいらっしゃいますけれども、所詮は下界の取るに足らない御身分でしかありません。私を取るに足らない者と見なさっているようですが、これでも天上界の天人です。地位も帝より上なのですよ。それでも私を討つべきだとお思いになるのであれば、早く討ちなさったらどうですか。鈴鹿まで軍勢を遣すのは大変なことでしょうから。

鈴鹿御前が涙を流しながら言い募るので、突拍子もないことに帝は返事もできず、ただただ鈴鹿御前をお見つめになるばかりでした。ただの盗賊だと思っていた相手が天人とあっては討伐するわけにもいきません。結局、帝は鈴鹿御前を討つことをお取りやめになりました。

その場を丸く収めた鈴鹿御前でしたが、俊宗に別れを切り出しました。俊宗には将軍としての務めが、また、鈴鹿御前には鈴鹿山の守護者としての務めがある以上、二人がこれから先も一緒に暮らすのは叶わないことだと彼女はわかっていました。

私のことを疎ましく思っても、娘の少りんのもとには、日頃から訪ねて、お手紙もくださいませ。それともう一つ。来る二十一日、近江の国の蒲生山というところにいる高丸という鬼を討てとの命令が田村殿には下されるでしょう。用心してください。

それから鈴鹿御前も俊宗も、別れを前に涙ぐんで語り合いました。

それでは、お別れ申し上げます。くれぐれも用心なさってくださいね。

鈴鹿御前はそう言って左手を挙げて天に向かって手招きをすると、たちまちその姿は白い蝶となって愛宕山の方へ飛んでいきました。

望み通り都へ戻ってくることができた俊宗ですが、その心中は決して晴れやかではありませんでした。

(いざ別れとなるとこうもはかないものなのか。悲しいことよ。)

俊宗はたいそう気を落とし、ふさぎ込む日々が続きました。しかし、別れた寂しさはやがて不安へと変化していきました。

(果たして鈴鹿御前は私のしてしまった仕打ちをどう思っているだろうか。きっと私のことを恨めしく思っているに違いない。あれほどの力を持った彼女を敵に回してしまうなんてとんでもないことをしてしまった。)

俊宗は鈴鹿御前の恨みを買ったに違いないと恐れました。そして結局、娘のもとを訪ねるどころか手紙を出すことさえためらわれ、ただ時が過ぎていきました。

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