鈴鹿御前の物語~高丸との戦い~後編

文学

二人が夢中で語り合っているうちに夜が明けてきました。

兵をみな都へ帰してください。こんなに大勢いなくとも田村殿と私がいれば高丸を討つことなどたやすいことです。

鈴鹿御前がそう言うのであればと、俊宗は兵を都へ帰しました。そして、神通の牛車に乗って高丸のいる島へと飛び立ちました。

そこは陸地から遠く離れた場所でしたが、わずか四時間で島の上空にたどり着きました。

一方の高丸は島に閉じこもりすっかり安心して昼寝をしていましたが、ふと空を見上げると牛車が飛んでいるではありませんか。

むむ、空飛ぶ牛車とは何事だ。田村め、鈴鹿御前を引き入れて我を攻めに来たか。田村ごときは取るに足らないが、鈴鹿御前が一緒とあっては油断できぬ。お前たち、十分に気を付けて奴らを食い止めよ。

手下の鬼八十匹は一斉に息を吹きかけ、牛車を天高く吹き飛ばそうとしました。そこで、俊宗と鈴鹿御前は、剣四振りを鬼共に向かって投げつけました。すると、剣は瞬く間に八十匹もの鬼の首を切り落としました。

さて、高丸は親子合わせて残り七人になりました。八十匹もの鬼がたちまち討たれたことに慌てた高丸は海中の岩をくりぬいて洞窟を作り、その中に閉じこもりました。洞窟の入り口は大きな岩の引き戸で塞がれています。

ここは水中であるから田村の使う火炎の印も効かぬ。我を討つことはできまい。

さて、高丸一族が海中洞窟に閉じこもったのを見て、俊宗はすっかり弱気になってしまいました。

陸地にいた間は攻めることもできたが、水中に逃げられてはもうどうしようもない。いったん引き上げるしかないだろう。

これに対して鈴鹿御前は言いました。

大将軍のおっしゃる言葉とはとても思えませんね。私が高丸を討ちましょう。

それでも俊宗は聞き入れようとしません。

いかにして高丸を討ち取るというのか。ここは一旦引くべきだろう。

私には飛行自在の心得があります。この力で高丸らを騙して、洞窟から誘い出してみせましょう。

そう言って鈴鹿御前は紅の扇を掲げ、天に向かって手招きをしました。すると、空からやってきた天人たちが管弦の催しを始めました。

洞窟に閉じこもった高丸一族の一人、齢百八十になる高丸の娘きわた御前は、父に向かって言いました。

わらわは天竺にいたときに天人の舞を見たが、あれほど面白いものは他に知らぬ。せっかくだから少し見てみようではないか。

あれは真の天人の舞などではないのだ。我らを討たんとする鈴鹿御前の計略であるぞ。決して引き戸を開けてはならぬ。奴らの思い通りになるものか。

高丸はこう言って娘をたしなめますが、きわた御前は外の様子が気になって仕方がありません。

引き戸を開け放つのは不注意なことだが、少しだけ開けて覗くのなら良いであろう、父上。

娘があまりにもねだるので、高丸も少しだけならと、つい気を許してしまいました。まず、引き戸を五分(※)ほど開けてみました。あまりの面白さに今度は一寸ほど開けてみました。高丸一族は管弦の催しにすっかり見入ってしまいました。

※五分・・・一寸の半分の長さ。約1.5cm。

鈴鹿御前は引き戸が少し開いたのを見てほくそ笑んで言いました。

あれを見てみなさい、田村殿。引き戸の隙間から高丸の左目がのぞいていますよ。さあ、今です。高丸をお討ちになってください。」

しかし、俊宗は弓を構えようともしません。

陸地ならば一町ほどの距離でも射当てることができるが、海の上とあってはどうしたものか。

一向に俊宗が射ようとしないので鈴鹿御前は言いました。

ああ、全くあなたはそれでも天下の大将軍となるお方なのですか。仕方がありませんね、私が射ってみせましょう。

鈴鹿御前はゆっくりと弓を構え、矢を放ちました。放たれた矢はわずか一寸ほどの隙間を通り抜け、見事に高丸の頭を貫きました。これに驚き飛び出してきた他の鬼達は、鈴鹿御前と俊宗の剣にたちまち刺し貫かれ、その首は天高く舞い上がりました。

俊宗は高丸を討てたことにすっかり上機嫌です。

さあさあ、高丸の首を持って急ぎ都へ上ろうではないか。

しかし、鈴鹿御前は顔を曇らせました。

ああ、一体どうしたら良いのでしょうか。高丸を討って、安心して田村殿と連れ添いたいと思っていましたが、どうやらそうはいかないようです。再び離れ離れになることに心が痛むばかりですよ。

どうしたというのだ、鈴鹿御前。そなたのおかげでこうして高丸を討つことができたのだ。もはや私達の仲を阻むものなどないであろう。

鈴鹿御前は首を横に振って言いました。

言っても仕方のないことなので今まで黙っていましたが、陸奥の国の霧山ヶ岳というところに住む大嶽丸という鬼との因縁があるのです。大嶽丸は私に思いを寄せていましたが、全く相手にしないでいました。きっと田村殿と夫婦になったことに腹を立て、嫉妬しているのでしょう。この私を攫いにくる気配がするのです。大嶽丸はまるで稲妻のように現れますから、田村殿は早いところ都へ上ってください。私は攫われますが心配いりません。早く都へ行ってください。

俊宗は言いました。

恩人を見捨ててこの場を去ることなどできない。大嶽丸とやらがやってくる気配がするのなら、私もここで一緒に戦おう。

これを聞いた鈴鹿御前は微笑んで言いました。

私が大嶽丸に捕らわれようというのも、田村殿を思ってのことなのです。あなたは今から三年後に、この大嶽丸を討てとの命令をたまわるでしょう。大嶽丸には高丸を千人集めたとしても及ばず、彼の者を百年二百年攻めたとしても、千万の剣で攻めたとしても敵わないほどの強敵です。

ですから、私はわざと捕らわれの身となり、大嶽丸の心を三年のうちに惑わして魂を抜こうというわけです。そうすれば田村殿はたやすく大嶽丸を討つことができますでしょう。これもあなたが天下の大将軍となるため。さあ、早く都へ行ってください。

俊宗は鈴鹿御前の思いに心を打たれ、三年もの別れにひたすら涙を流しました。

さて、いつまでも泣いているわけにもいかず、俊宗は都へ上り高丸の首を帝のお目にかけました。高丸討伐の功績が認められて俊宗の名はますます広がり、優れた将軍として誰もが敬う存在になりました。

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