さて、そうこうしているうちに二十一日となり、鈴鹿御前の予言通り、近江の国の蒲生山に高丸という鬼が現れ、日本を支配しようとしているという知らせが都に届きました。帝より高丸討伐の命令を受けた俊宗は十万騎余りの軍勢を率いて近江の国へと向かいました。
近江の国の蒲生山にある高丸の砦は、神や仏でも簡単に攻め落とすことができなさそうな造りであり、突破できるとは思えません。石の塀が四十町(※)にわたって砦を囲むように築き上げられ、入ることすら難しく思われました。
※町(単位)・・・一町はおよそ100メートル。
そこで俊宗はかつて鈴鹿御前から伝え聞いた火炎の印を結んで術をかけたところ、火の雨が降り注ぎ、七日間にわたって砦を焼き続けました。
砦に立てこもっていた鬼達も焼かれ続けては敵いません。木を削って傀儡を作り、夜の間はこれに戦わせ、昼間は自身が武器を手に取り応戦しました。しかし、俊宗率いる十万騎もの軍勢を前にしては多勢に無勢です。砦を落とされた高丸は駿河の国、富士ノ岳に退却していきました。
勝機と見た俊宗は決着をつけるべく追撃します。
富士ノ岳も攻められた高丸は、武蔵野の国、秩父ノ岳に退却しました。しかし、俊宗の追撃の手は緩みません。さらに続けて、相模の国の足柄山、白河の関、那須ノ岳までも攻められて、高丸はいよいよ後がなくなりました。
(今のままでは俊宗には敵いそうにない。どこか遠くへ逃げねばならん。)
そう考えた高丸は、陸地を離れ海上へ逃亡することに決めました。そして、七日目に島を見つけ、そこに閉じこもりました。
一方、俊宗率いる軍勢も多くが討たれ、十万いた兵士は残りわずか三百余りになっていました。
(一体どうしたものか。陸地であればこのまま攻めたてたいところであるが、敵は海の上だ。加えて手勢もだいぶ減ってしまった。いったん都へ戻り、兵と船を用意して攻めることにしよう。)
そして、俊宗らは都を目指して進み始めました。
さて、都への道中、伊勢の国の鈴鹿山のふもとに差し掛かりました。すでに日が暮れているため、ふもとの宿で一泊することになりましたが、俊宗には気がかりなことがありました。それは以前、鈴鹿御前を騙して都へ連れ出し討ち取らせようとしてしまったことです。このことにきっと鈴鹿御前は怒っているだろうと俊宗は心配でなりません。
「ここは鈴鹿山に近いところである。鈴鹿御前はきっと私のことを恨めしく思っているだろう。各々用心しなさい。」
こう言って兵によくよく見回りをさせました。
さて、一方の鈴鹿御前です。神通力の持ち主ですから、俊宗がこう言ったのを曇りなく聞き知り、恨めしく思いました。
(田村殿に対して強い怒りを持っていたのなら、どうして私は都へ行って帝にお目にかかったでしょうか。そもそも、私が本気で田村殿を討とうと思ったならば、一瞬たりとも無事ではいられないというのに。
私を疎み遠ざけていることはもちろん恨めしいけれども、 私に対する田村殿の気持ちなどは二の次です。それよりも少りんに対する気持ちこそ、確かめたいものです。私が定命の者の定めとして死んだとしても、田村殿がいらっしゃれば、少りんをお見捨てにはならないだろうと信じています。そして、娘のためにも田村殿には無事でいて欲しいのです。
高丸は強敵。普通の人間が勝てる相手ではありませんし、このままでは田村殿が討たれてしまうことは間違いありません。田村殿は心変わりしてしまったようですが、私の田村殿を思う気持ちは変わっていません。私が自ら行って、あの高丸を討って、そのあとは田村殿と一緒に小りんを育てたいものです。)
そして、鈴鹿御前は高丸を討つ支度を始めました。
「田村殿だけで高丸のもとにたどり着くには十五日はかかるでしょう。高丸を早く討てるよう、これから手伝いに行きます。くれぐれも少りんに寂しい思いをさせないよう、女房達は姫の面倒をよくよく見るように。」
そう言って大通連、小通連、顕明連の三振りの剣を持って、神通の車に乗って鈴鹿の屋敷を飛び立ち、鈴鹿山のふもとに泊まる俊宗のもとに到着しました。
三百もの兵が警戒している中を鈴鹿御前はいとも簡単に通り抜けます。神通力によって鈴鹿御前の姿は見えないので誰ひとり怪しむ人はいません。鈴鹿御前はそのまま俊宗のいる部屋までやってきました。
さて、俊宗の方はと言いますと、腰から剣を抜き枕元に置いてくつろいでいました。
「おやおや、私ほどの敵を持っていらっしゃる人がどうしてこのように油断していらっしゃるのですか。」
突然鈴鹿御前の声がしたので俊宗は慌てて飛び起き、そばに置かれた剣を手に取りました。俊宗が自分に剣を向けるのを見て、呆れたようにため息をついて鈴鹿御前は言いました。
「全く田村殿はどうしてこのように嘆かわしいことをするのです。高丸を攻めあぐねていらっしゃるのを知り、あれを討つ手伝いをして差し上げようとやってきたというのに。恨めしくもこの私に剣を向けるだなんてひどいことです。」
てっきり自分を討ちに来たものとばかり考えていた俊宗は、これを聞いて涙ながらに弁明しました。
「以前、貴女を騙して都へ上らせたことで、私のことを恨みお怒りになっているだろうと、きまりが悪かったのだ。」
鈴鹿御前のほうも過去の仕打ちを思い出し、涙を流さずにはいられませんでした。そして、二人は一晩中お互いの心の内を語り合うのでした。
コメント